新元号墨書を書いたのは誰?その後は誰がどこに保管しているの?

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2019年4月1日に新元号が発表されます。

前回の「平成」は、その後行方不明とされていましたが、発表の数年後にDAIGOによって竹下家にあることが判明しました。

 

当時の首相は竹下登で、DAIGOのおじいちゃんです。

その縁で竹下家の私物になったのでした。

 

そして、平成も終り新元号の色紙はどこに行くの?もらえるものなら、自分も欲しいと思っている方もいるのではないでしょうか?

新元号の色紙は、「墨書」と呼ばれていています。この「墨書」の行方はどうなるのでしょうか?

新元号墨書を書いたのは誰?

平成の「墨書」を書いたのは、辞令専門官だった河東純一氏でした。

辞令専門官と言うのは、国の仕事に関わる国家公務員の方です。

なので、書道家が書くのではなく、国の辞令専門官が書く事になります。

 

今回は誰が書いたのかは、後々話題となるでしょう。

発表前の現時点では、まだ誰なのか分かりません。

新元号墨書は、その後は誰がどこに保管しているの?

「平成」の「墨書」は、行列のできる相談所などのバラエティ番組で何度かDAIGOが実家にあることを公表していました。

当時は、発表の後誰が持っているのか行方不明の状態でした。

 

しかし、その「行方不明」となった事で「あれは歴史的な文書ではないか?」という問題にまで発展したようです。

平成の間に、公文書管理法施行されました。

公文書管理法とは、簡単にいうと「歴史的な事実の記録はルールに従って、保存していきましょうね。」という法律です。

 

当時の官房長官であった小渕恵三さんの思いつきで、「平成」の「墨書」が作成され、発表の際に掲げられました。

「平成」になった瞬間のニュースは、あの場面が何度も流されて、子どもだった私も光景が焼き付いています。

 

そして、今回の新元号では、この公文書管理法に則って、発表からその後の扱いまでが決められました。

手続きの流れとしては、内閣府の「辞令専門官」が筆で書き、官房長官が発表する予定です。

今回であれば、何も起こらなければ、菅義偉官房長官が発表するでしょう。

 

その後、「歴史的な文書」として、国立公文書館にて永久に保管される予定です。

DAIGOが持っていた「平成」はどこに行った?

では、DAIGOが持っていた「平成」の墨書はどこに行ったのか気になりますよね。

調べて見た所、DAIGOがテレビで「平成」を披露したのをきっかけに、国立公文書館が動きました。

 

国立公文書館から竹下家へ連絡をして、初めの2009年9月は国立公文書館が竹下家から借りるという形態を取っていましたが、2010年3月に寄贈されています。

DAIGOが個人で保管しているよりも国に保管してもらった方が安全です。

DAIGOがテレビでは「部屋に普通に飾ってありました。」という風に言っていたので、きちんとしたところで保管してもらえるのは良かったと思います。

 

昭和を生きてきた人間が多い今、元号が2回変わる事を経験し、元号が変わるための手続きや文書についても歴史的なことだとやっと気づいたところがあるのではないでしょうか?

日常的には「ただ、元号が変わっただけ」のことかもしれません。

しかし、「平成」も30年とちょっとで終わりますが、その中でも「平成」としての時代の特徴も現れていました。

 

そう言った意味においても、元号が変わる瞬間に掲げられる「墨書」は歴史的な文書として大切に保管しておくべきでしょう。

まとめ:新元号墨書を書いたのは誰?その後は誰がどこに保管しているの?

・新元号は、内閣府の辞令専門官」が筆で書きます。

・発表は内閣官房長官が行います。今回は菅義偉官房長官が発表する予定です。

・その後は、「歴史的文書」として、国立公文書館にて永久に保管されます。

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